論文集目次へ蘆田ホームへ

『唐土歴代沿革地圖』をめぐって

垣 内  景子 

長久保赤水の『唐土歴代沿革地圖』は,はじめての着彩歴史地図帖として人気を集め,それ自体が版を重ねたほか,数多くの模倣版を生んだ。蘆田文庫も関連の地図を 7 点所蔵している。年代順に並べると次のようになる。( )内は地域コード及び整理番号。

1 唐土州郡古今沿革圖譜  (07ー1)
2 古今沿革地圖(序題)  (07-3)
3 唐土歴代州郡沿革地圖  (07-2)
4 唐土歴代州郡沿革地圖  (07-6)
5 支那歴代沿革圖   (07-5)
6 唐土歴代州郡沿革圖   (07-4)
7 唐土歴代州郡沿革圖   (07-7)

ここでは特に1と5を取り上げ,現時点で判明していることをまとめ,問題点を整理したい。

1は赤水の手書図で,後の刊本の原稿と目される貴重なものである。但し1に収められている地図は10図であり,後の刊本が一般的に13図であるのより 3 枚少ない。この点に関して海野一隆氏は,1を天明 7 年(1787) 出版の『唐土古今沿革之圖』の原稿と判定されている。海野氏は,『享保以後江戸出版書目』の記事及び岩田豊樹氏所蔵品により,天明 7 年版はそれぞれに表紙を付した10枚一組の図で,後に大量に出版される13図の『唐土歴代州郡沿革地圖』の原型と推定される(注 1)。残念ながら我々は天明 7 年版を未見のため,1と天明 7 年版が,枚数だけでなく内容的にどこまで一致するのか不明である。仮に1が天明 7 年版の原稿であることが判明したとして,それでは1には無い 3 図の原稿が存在したのか,或いは13図一組の原稿が1とは別に存在したのか気になるところである。因みに2は題簽と刊記を欠いているが3と4と基本的に同版である。但し2は手彩色である点が注目される。2,3,4は何れも寛政元年(1789) の立原萬の序と沈●綸の序を持つもので,刊記のない2を除けば天保 6 年(1835) の版である。

5,6,7は何れも赤水の『唐土歴代州郡沿革地圖』の模倣版で,二宮惺軒により覆刻されたものである。この中で問題になるのは5 (写真 1) である。即ち5には6,7には無い「新訂萬國略全圖」が付せられ,版元も6,7が河内屋喜兵衛らであるのに対して,鳴鳳樓蔵版とあり,刊年も 2 年早い(安政 2 年)。海野氏はこれを「最初は非売品の家刻本であったのを,本屋の希望で再販から市販を許したのかもしれない」(注 2) とされているが,それを裏付ける資料として,『大坂本屋仲間記録』第 5 巻の次の記載が注目される。

  安政三年三月廿日, 一,河喜ヨリ暦代沿革之図,本屋伊兵衛売上ヲ以切替,万国之図入有之候ニ付,是又預リ置候也。
五月廿日 一,河喜ヨリ,江戸二宮惺軒,請人本屋伊兵衛売上ヲ以,支那歴代沿革図,代金三拾両,此出銀拾九匁弐分受取,切替致候也。

これによれば,「万国之図」が入っていることが問題とされているが,これこそが5にのみ付せられた「新訂萬國略全圖」(写真 2) なのであろう。

さて,この「新訂萬國略全圖」であるが,これと同じ地図が横浜市立大学所蔵の鮎澤信太郎コレクションの中に 2 種見られる(注 3)

(ア)新訂萬國略全圖(目録番号88)(写真 3)
(イ)輿地六大洲(目録番号89)(写真 4)

(ア)は5の所収の図と同版と推定されるもので,5と同様地図帖の他の地図と同じ体裁(右端に黄色の帯で標題が付されている)を取っていること,折り本としての折り目が認められないことから,本来は地図帖の中にあったものと考えられる。(イ)は(ア)や5にある黄色の帯の標題がなく,一枚物として刷られたものと推定されるが,それ以外は寸法も含めて同じものである。5(ア)(イ)に共通する部分については,『鮎澤信太郎文庫目録』に考証されているように,地図は工藤東平の『掌中萬國圖』と同じものであり,上に載せられた図説は栗原信晃再校図の改作『輿地六大洲』と同文である。又四つの副図は永井則の『銅版萬國方圖』と一致する。おそらく様々な既成の地図をもとに合成して作られたものなのであろう。因みに海野氏が高橋景保の『新訂萬國全圖』の縮約とされているのは誤りであろう(注 2)。但し地図の標題の類似は気になるところである。問題は,この合成図「新訂萬國略全圖」が,二宮惺軒自身の作であって,(イ)のような一枚物が二宮の地図帖からとられたものなのか,或いはもともと(イ)のような一枚物が流布していたのを二宮が自らの地図帖のために取り入れたのか,何れであるかということであるが,現時点ではどちらとも判断できない。今後,二宮惺軒その人に関する資料が発見できるか,或いは「新訂萬國略全圖」を付す他の版本や一枚物の同図を比較検討する機会に恵まれるかが鍵になろう。引き続き調査を進めたい。

最後になるが,調査に際し横浜市立大学学術情報センターの鈴木伸治氏にはお世話になった。心から感謝の意を表したい。

【注】
(1) 織田武雄・室賀信夫・海野一隆『日本古地図大成・世界図編』解説(講談社,1975)。
(2) 海野一隆「長久保赤水のシナ図」(『人文地理』14-3, 1962)。また海野一隆「赤水のシナ図をめぐって」(『地理』13-1, 1968) も参照。
(3) (横浜市立大学図書館目録叢刊第十集)『鮎澤信太郎文庫目録』(1990)。

【写真】

1  蘆田文庫所蔵『支那歴代沿革圖』

2  蘆田文庫所蔵『支那歴代沿革圖』所収「新訂萬國略全圖」

3  横浜市立大学・鮎澤信太郎文庫所蔵「新訂萬國略全圖」

4  横浜市立大学・鮎澤信太郎文庫所蔵「輿地六大洲」

論文集目次へ蘆田ホームへ