優れた脚本は共同執筆が多い

いい映画というのは脚本を書くとき、2人か3人で共同執筆している ケースが多いです。例えば、山田洋次さんは朝間義隆さんと必ず共同執筆なのです。 ほとんど2人で書いているわけです。先週封切りされた『たそがれ清兵衛』 も2人で書きました。

渥美清さんが亡くなったとき、松竹が危機だと言われ たことがあります。というのは、「寅さん」の興行収入で松竹社員の給料 がほとんど支払われていたからです。収入の40% 以上は「寅さん」が稼いでいたわけですから、作る方はいかに大変 だったか。年2作ですよ。同じパターンじゃなければいけない。 だって観ている人は、寅さんがマドンナと結婚しちゃった ら、みんなブーイングです。最後はふられてまた旅へ 出て行く。あのパターンの中で、なおかつ人の心にジーンとくるものを作 らなければいけないわけですから、大変な作業だったわけです。

最近書いてる『釣りバカ日誌』は、 ワーワーワーワーやりながら若手が書いています。けれども、 やはり最後は山田洋次さんと朝間さんが入って、締めるところを締めな いと・・・。これは裏話ですが、 西田敏行さんや三國連太郎さんなど錚々(そうそう)たる俳優をつかえる監督がいなくなっているんです。 「これは山田さんの脚本だ」ということで納得させ、そのとおりにさせないと。三國連太郎さん は、自分でも映画を撮った人ですから、「こんなのは だめだ、ここは書き替えろ」と、すぐ現場で始まっちゃうのです。「いや、 これは山田さんの脚本ですから」ということで、いつも巨匠が入るわけです。

日本では共同執筆というのが少ないんです。 ところがアメリカでは共同執筆というか、合同執筆というか、チームでホン作りをします。 女と男の別れの場面でこういう別れ 方をさせたいと脚本家が指示を出しますと、別れ用の会話だけを書く専 門家がいるんです。「スピーチ」という会話の専門家がいるんです。例えば 大統領の演説原稿などもスピーチ専門の人が草稿を書きます。 それと同じように、映画の中でも会話だけを書く脚本家がいます。

アメリカの場合には、アメリカ映画をご覧になるとわかりますけ ど、脚本家の名前は1本で出ます。画面に単独で名前が出ることを1本と言 うんです。日本では、タイトルに名前が1本で出るのは、監 督とたぶん制作者だけです。制作者も大作じゃないと社員がやるも のですから、他と並んでいたりします。映画のタイトルに1本で出るというの は、あとは主役です。

それから日本にない専門職に、「キャスティング」があります。アメリ カでは、この映画のこの役に誰をつかうかは、この「キャスティ ング」がすべての権限を握っている。ですから主役クラスの人 でも、オーディションを受けさせ、台本を読ませ、取り替え るというケース、たくさんあります。たしか『卒業』と いう昔の映画でミセス・ロビンソンをやった人が途中で変わっている はずです。そのくらい権限をもっていて、これなんかもタイトルは1本 です。

日本では、脚本家がタイトルに1本で出てくるなんてことはめったにない。 こういう扱いですから、ホンにかけるお金というものも非常に少ないのです。

で、執筆現場の話ですが、東京や京都にあったホン書き旅館は、「和可菜」を除いて 全部なくなりました。赤坂にあった「近源」が最後まで頑張ったのですが、 昭和60年で店じまいしました。そ れまで山田、朝間組は、そこで「寅さん」を書いていて、 35作目から「和可菜」に入ってくるわけです。

なぜ「和可菜」に入るのが遅かったかというと、実は山田洋次さん の師匠たち、かつての巨匠たちが皆あそこで書いていたからです。今井正、 内田吐夢、田坂具隆さんなど、 錚々たるメンバーが入っているものですから、あそこに来ると書けなく なるのだそうです。

これは不思議なもので、後に、先ほど話に出ました村松友さんが家 を建て替える間、仕事をしようと「和可菜」に入ったんですね。 3日、4日たっても1行も書けない。そのうち野坂さんが、「お う、おまえも偉くなったな」と言いながら夢の中に現れてくる。その一言で 汗ぐっしょりになるんだそうです。そのくらい徒弟制度というのですか、 先輩・後輩がきちんとしてる世界ですから、先輩が同じ建物のどこかに いるというだけで書けなくなるそうです。ところ がテレビ界になりますと、先輩も後輩もなくなって、今はそうい うことはなくなっているようです。

この旅館、今年でちょうど50年になります。私は、自分が映画を 作る人間になりたかった。だけどなれなかった。そこでホン書き現場の雰囲気だけはずっと味わ うことにしました。

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2003年7月16日