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明治大学全国校友石川大会記念

加賀藩ゆかりの
新世界地図帳<アトラス・ヌーボー>展

 石川県立図書館が所蔵するニコラ・サンソン編の大型世界地図帳『ATLAS NOUVEAV』(1692年パリ刊、以下『アトラス・ヌーボー』)は、1780年(安永9年)に、オランダの長崎商館長でヨーロッパにおける日本学のパイオニアといわれるイサーク・ティチング(Isaac. Titsingh、1745-1812)から福知山藩主朽木昌綱に献呈されたもので、扉にペン書自筆の献辞が記されている。同書はわが国にもたらされた最初の近代的な世界地図帳である。
昌綱は同書の翻訳を蘭学者前野良沢に依頼し、良沢は天明2年(1782)に『輿地図編小解』(よちずへんしょうかい。以下『小解』)として完成させた。

両書はその後、前田家に移り、『小解』は藩校明倫堂に収められた。しかし、天下の書府と賞されたさしもの蔵書も、他藩の例に漏れず、明治維新後に四散を余儀なくされた。『アトラス・ヌーボー』は幸いにも石川県立図書館に残されたが、『小解』は古書肆を経て福井県出身の歴史地理学者蘆田伊人(あしだ・これと、明治10-昭和35)氏の手に落ち、戦後、蘆田氏の古地図・地誌コレクション(蘆田文庫)に一括されて明治大学図書館の所蔵するところとなった。
明治大学図書館では、1998年から人文科学研究所との共同事業として蘆田文庫編纂委員会を発足させ、昨年には県立図書館において2度にわたり『アトラス・ヌーボー』の書誌調査を行い、『小解』との関係を精査して両書の内容の一致を確認した。

併せて、旧藩校の善本を引き継ぐ石川県立金沢泉丘高等学校所蔵図書、明治大学所蔵の尊経閣旧蔵図書等若干を参考展示する。

出品リスト

ニコラ・サンソン(Nicolas Sanson)編『新世界地図帳(ATLAS NOUVEAV)』(1692年パリ刊、64×50.3cm、1v. 銅版、手彩色)   石川県立図書館蔵

*ワインレッドの皮装、綴じ糸の山は9箇所、表紙は厚手のボール紙を用いた当時の原装で、料紙にユリ模様他の透かしが入っている。本体は地図96図、地名表20枚。地図は本来全97図であったと思われるが、地中海図部分が欠落している。96図のうち65図の裏に和紙の付箋が貼られ、図名や地名の日本語表記が墨書されている。他図にも貼付の痕跡があるが剥落して残っていない。『小解』の内容は付箋とほぼ符合しており、前野良沢による訳編の過程で貼付されたものであろう。この筆跡を良沢自筆とする見方もあるが、確定はできない。

サンソン(1600-1667)はフランス地理学の祖といわれ、経線を平行直線とし面積を正しく表示する図法は「サンソン図法」と呼ばれ、伊能忠敬の実測図にも使用された。

ティチングの献辞は「丹羽の君主左門様へ、商館長ティチングよりの贈り物として、1780年11月6日に。」と記されている。本書が前田家に移った事情については、園部昌良氏が、蘭学、古銭、本草等の学問を通じた両藩の関係、前田家が朽木文庫蔵書を購入したことがあること、その他を挙げて推測しているが詳らかではない。

前野良沢訳編『輿地図編小解』(天明2年[1782]、半紙判、45丁、写本)   明治大学図書館蔵

*本文は毎半葉10行どり、漢字、片仮名混じり文。成立年は良沢の自序による。第1丁凡例上部余白に、藩校の蔵書を示す○に「學」の朱印が押印されている。地文とは別筆の訂正書き込みや付箋が多く見られる。これまで翻刻、複製を含めて全く出版されたことがないばかりか、明治大学図書館が所蔵する写本以外に伝本も知られておらず、文字どおり天下の孤本である。

筆跡については、昭和15年に良沢研究の第一人者である岩崎克巳が良沢自筆と発表して以来、今日までそのように伝えられてきているが、蘆田文庫編纂委員会の調査ではその確証は得ていない。なお、両書の詳細は、「明治大学人文科学研究所紀要」第49冊(2001.3)収載の「蘆田文庫編纂委員会 中間報告(2)」を参照されたい。

参考展示

ニコラ・サンソン(Nicolas Sanson)編『新世界地図帳(ATLAS NOUVEAV)』(1693年パリ刊、63×95cm、1v. 銅版、手彩色)   明治大学図書館蔵

*2冊だったものを1冊に改装し、横長に仕立ててある。小口にはマーブル模様が施されており、改装はかなり早い時期に行われたものと思われる。県立図書館本にない地中海図があることや、色彩が若干ことなることを除けば、透かし模様なども含め、内容的には県立図書館本とほぼ一致する。

・園部昌良著『蘭学資料としての「ATLAS NOUVEAV」と「輿地図編小解」』(昭和41.11[1966]、金沢市・著者刊、金沢市・吉田次作商店印刷、A5判、14p.)

*「アトラス・ヌーボー」と「小解」の関係を蘭学資料研究の立場から実証的に調査した最初の報告書である。以後の研究は本書に負うところが多い。著者の園部氏は金沢市在住の在野の研究者で、当時吉田作次商店の専務を勤めていた。昭和61年1月死去。

『大学或問』2冊、『小学句読』4冊 石川県立金沢泉丘高等学校蔵

*石川県立金沢泉丘高等学校は、石川県尋常中学校、県立金沢第一中学校、県立金沢第一高等学校を前身とする。同校には、旧藩時代以来の書籍3万余冊が収蔵されている。なかでも、○に「學」の蔵書印の押印された旧藩校の蔵書1000余冊は、漢籍が殆どであるが洋書も若干含み、その多くが善本である。『小学句読』の箱書には「御覧本」とあり、手擦の跡も確認され、学問好きな藩主の閲読の様子が偲ばれる。昭和56年には郷土史家で書誌学に造詣の深い山森青硯氏によって『金沢泉丘高等学校善本解題目録』(同校刊、B5判、391p)が編纂されている。

・前田家木製和本ケース(提灯箱)  石川県立金沢泉丘高等学校蔵

*明治維新後の前田利嗣侯時代に考案されたものと伝えられる。和本を収めて、洋本のように立てて置くためのもので、美濃判や半紙判など本の大きさに合わせて大中小がある。素材は桐または杉で、背中に丸みをもたせているところが独特であり、他に例をみない

・室鳩巣著『駿台雑話』 明治大学図書館所蔵

*「前田氏尊経閣」から、東洋史学者で蔵書家として名高い中山久四郎(蔵書印「中山氏蔵書」)、古書肆反町弘文荘(蔵書印「月明荘」)を経て、風俗史家・民俗学者・児童文芸研究家の藤沢衛彦(ふじさわ・もりひこ 1885-1967)に渡り、藤沢からの寄贈により明治大学図書館に収まったものである。藤沢は明治大学文科第1回の卒業生で、尾佐竹猛が昭和7年に文科部長に就任すると教授に招かれた。

室鳩巣は江戸生まれの朱子学者。14歳で5代藩主前田綱紀侯に「大学」を講じて認められ、命により京都で木下順庵に学んだ。以後、加賀、京都、江戸を往来して勉学に励み、27歳で藩儒に列せられて金沢長町に住んだ。後年、新井白石の推挙で幕府儒員に登用されて、神田駿河台に屋敷を賜る。金沢住まいの頃に、白石が鳩巣に送った書簡に「貴国は天下の書府にて候えば」と記したことから、加賀をして「天下の書府」と称されるようになったと伝えられる。本書は鳩巣の自筆書き入れ本と思われる。